M'sライフハック

人生をちょっと豊かにする情報をお届け

人工知能で世界は感じの良い人ばかりになるかもしれないと思った話

 

先日海外のとある国に仕事で行ってきました。

その国の空港での入国審査でのこと。何度も行ったことのある国なので知ってはいましたが、”入国審査の列が長い”

今回はだいたい1時間ほど並びました。。

 

どこの国でも基本的にそうだと思いますが、そんな長蛇の列を入国審査官は気にとめる様子はありません。

 

国の安全のためにやっているから、焦ってやるものではないとはわかりますが、たまに隣の人と談笑をしたり、のんびり作業をする人なんかを見ていると「こっちはこんなに並んでいるのに」とイライラがつのります。

 

そしてやっと自分の番が来ても、何事もなかったようにたんたんと処理されるだけ。別に「お待たせしました」などの一言もありません。

 

これはどこの国もほとんど同じなので、別に文句を言うことでもないのですが、ぶつけどころのないイライラから「早く人工知能に置き換わってくれないかな・・」という思いが湧いてきました。


既に自国民の入国審査は無人化になっている空港はたくさんありますし、今でも外国人に対しても技術的には出来ないこともないだろうと思います。簡単な質問をしたりというのも多元語ができる機械の方が上手く対応できると思います。そうなれば何倍も処理が早くないります。

 

もちろんそうなると多くの人が仕事を失ってしまうわけですが、それは入国審査に限らず近い将来全ての産業で起きることで、変えられない流れです。

 

最近はどんな仕事が人工知能には取って変わられないかということをいろんな研究者が言っています。私の知っている限りだと

  • 人間がやるから意味があること(スポーツやエンターテイメント)
  • 人工知能で難しいと考えられる高度なコミュニケーションが必要とされること(接客などのサービスや経営者や管理職)

といったところのようです。

 

しかし、近い将来ほぼ無人になるであろうこの入国審査でも、やさしい笑顔で「お待たせてごめんなさいね」とか「ご苦労さまです」と一声かけてくれる人がいたら、ちょっと時間がかかっても並んでもいいかなと思ってしまいます。

 

そういうことって人間に言ってもらえるから意味があることで、機械に言われても良い気分にはなりません。スーパーなどで「イラッシャイマセ」とか機械に言われてもあまり歓迎されている気分にならないのと同じです。

 

それらを考えると職種に限らず「感じの良い人」というのが人工知能に仕事を奪われない人なのかもしれないと思えてきました。

 

現実問題として企業も生産性だけで動いているわけでもありません。仕事が全然出来なくても「感じが良いから」という理由で雇ってもらっている人や、コネや信頼関係だけで食べている人がたくさんいます。

そういった喜びや幸せや信頼関係といった数値化しにくい価値を提供することが出来れば、どの職種でもやることが若干変われど、仕事を失う可能性はないのかもしれません。逆にそういう価値を提供できない人は人工知能の到来によって淘汰される、または改心させられてしまうのではないかと。

 

そうなると世界には最終的には機械を作る人と、それを使う人、人間がやるから意味のある産業の人、そして感じの良い人たちで回っていくのかもしれないと感じました。

 

人工知能の発達により、いろんな意味で危機が持たれていますが、そうなればちょっと明るい未来になのかも、と妄想していました。。